「な」行
直居隆雄(なおい たかお)g,comp,arr 1947年1月14日東京生まれ
青山学院大学。67年プロ入り。ビル柿崎4、世良譲4、鈴木勲4、木村新也4、
大沢保朗4などコンボで活動後、1969年夏頃からシャープスアンドフラッツで約1年活躍。
(シャープに入った頃は譜面が満足に読めなかったが多くの経験をした。LPも多数あり)
すばらしいプレイで頭角を現した。1970年退団。同年初リーダー作「ホワッツ・ハプニング」録音。
ラブ・リブ・ライフ結成。1971年5月増尾好秋と一緒に渡米。72年帰国。スタジオミュージシャンで活動し
多くのレコーデイングを残す。
1974年頃には石川晶とカウントバファローズにも参加する。
1979年東京ユニオンの「大都会」に作品を提供。
その他荒井英治オールスターチームにも参加し、作品を提供。
中川賢二(なかがわ けんじ)comp,arr,tb 1944年1月9日東京生まれ
2011年4月16日死去。独学でp,b,tbを学び、渡辺貞夫に作編曲を師事。慶応ライトミユージックソサエテイに
200曲以上の編曲を書いた。ヤマハに入社して渡辺貞夫ヤマハリハーサルオーケストラ
に編曲を提供し、1975年にプロになり多くのバンドのライブ用譜面を書く。
中川晶(なかがわ しょうorあきら?orまさし?)comp,arr,cond 大阪出身。
MBSジャズオーケストラ等の編曲を担当した他、宝塚歌劇、CMソング、ポップス、
シンフォニーなど多彩なアレンジで活躍中。また岡宏とクリアーサウンドの
CDの編曲を担当。
中川英昭(なかがわ ひであき)tb
アロージャズorchを経て1966年〜68年シャープスアンドフラッツで活躍
中込勝(なかごめ まさる)as 1945年5月8日水戸市生まれ
1964年ブルーコーツ、ミュージックメイカーズ、1971年ゲイスターズで活躍。
中谷勝(なかたに まさる)tp 1947年1月30日生まれ
1965年大阪のファインメイツ、上京し1974年の一時期シャープスアンドフラッツで活躍、
その後ニューブリード、東京パンチョス、スイングビーバーズで活躍。1978年から
10年ほど五木ひろしのバックバンドを結成し活躍。現在はスタジオワーク等で活躍中。
歌謡曲系ビッグバンドのリードではNo.1の実力。
中沢健二(なかざわ けんじ)tp,flh 1946年8月6日東京生まれ
1978年東京ユニオン、1979年インナーギャラクシーオーケストラで活躍。
その後スタジオワークでも活躍。
中沢寿士(なかざわ ひさし)tb,arr,cond 1910年3月12日 高知県生まれ
1990年9月14日死去。高島屋少年音楽隊卒業。1932年中沢寿士とその楽団を結成。
その後毎日放送MBSジャズオーケストラを率いて活躍。
同氏についてはWikipediaに詳細な記述があるので参照されたい。
中路英明(なかじ ひであき)tb,comp,arr 1963年12月1日京都府向日市生まれ
1985年大阪の居上博とファインメイツでプロ入り。上京して1989年7月東京ユニオン入団。
この頃ミュージックメイカーズでも演奏。1990年角田健一ビッグバンドの結成に参加。
同年オルケスタ・デ・ラ・ルス参加。1992年野口久和オーケストラに参加。
1995年熱帯JAZZ楽団に参加。1997年自己のオバタラを結成。山下洋輔パンジャスイングオーケストラ参加。
1998年大江戸ウインドオーケストラ結成、オバタラ・グランデ(オバタラのビッグバンド版)結成。
その他守屋純子ビッグバンドなど多数のリハーサルビッグバンドで活躍中。またスタジオワーク
も多忙を極め、多くのレコーデイングを行っている。日本で今一番忙しいトロンボーン。ラテンの王者。
中島徹(なかじま とおる)tb,p 1964年1月21日生まれ
トロンボーンとピアノをこなす大変器用な才能あるプレイヤー。
中学時代より吹奏楽部でtbを始める。大学卒業後、演奏活動に専念。
現在アロージャズオーケストラ(大阪)、CUGジャズオーケストラ(名古屋)
中路英明オバタラ(東京)その他多くのグループで全国的に活躍中。
CDの録音も多数有り。
中嶋正弘(なかじま まさひろ)tb 1943年生まれ
早稲田大学卒業。早大ハイソ出身。1966年〜75年シャープスアンドフラッツで活躍。
その後一時期シャープのマネージャーもやった。現在は楽界より引退。
仲野彰(なかの あきら)tp 1932年1月5日東京生まれ
都立西高等学校卒業。小畑益男に師事。松本伸とニューパシフイック、ニューハード、
スイングビーバーズ、平岡精二,渡辺明〜稲垣次郎コンボ,猪俣猛とウエストライナーズ,
白木秀雄5(仲野彰が辞めた後任トランペッターが日野皓正)等を経て
ビッグバンドのニューシャープスのリーダーとなり活躍。
(ニューシャープスは71年4月にサウンド71と改名)
多くのレコーデイングを残すが自己名義ではタクトの「メディテイション」(67年)
ニューシャープスで「モダンジャズベスト14」(71年)
日野皓正出現前までの1960年代の代表的モダントランペッター。
中村秀樹(なかむら ひでき)ds 1955年1月3日東京生まれ
都立北高校卒業。ネム音楽院で猪俣猛に師事する。1977年〜80年東京ユニオンで活躍。
同バンドでモントルー、モンタレージャズFESに出演。その後スタジオで活躍。
中村安夫(なかむら やすお)tb
1963年〜65年シャープスアンドフラッツで活躍
中村吉夫(なかむら よしお)ds 1937年5月12日大阪市生まれ
福岡高校卒業。1955年福岡の中井末雄とメディコ・キューバンボーイズ、その後上京し
松岡直也とハバナビーツ、河辺公一ジャイアンツ、ブルースカイ、エデイ岩田オーケストラ、
ノーチェクバーナを経て1966年にシャープスアンドフラッツ入団。1974年まで活躍。
その後1977年1月〜80年10月ニューハードで活躍。その後1983年までシャープ再入団。
バデイ・リッチを尊敬する、我が国の代表的ビッグバンドドラマー。シャープ、ニューハードに
多くのLPがある。愛称ガンさん。
中村よしゆき(なかむら よしゆき 敬幸)ds 1947年7月10日東京生まれ
故人。10歳でデビュー。本名中村敬広。渡辺明4、小西徹4、加藤久鎮4、ブルーコーツ、菊地雅章5、
1972年〜74年頃東京ユニオン、再びブルーコーツ、
1978年〜79年シャープスアンドフラッツで活躍。その後インナーギャラクシーオーケストラ、
1980年ゲイスターズ、荒井英治オールスターチームビッグバンド等で活躍。
左利きでドラムセットも反対にセットした。
中本マリ(なかもと まり)vo 1947年3月26日仙台市生まれ
1978年東京ユニオンとモントルージャズFESに出演。ライブLPがある。
1979年にはインナーギャラクシーオーケストラとモントルージャズFESに出演。
1970年代〜80年代にかけての代表的シンガー。他にも多くのビッグバンドと共演。
中山進治(なかやま しんじ)as,bs 1932年6月14日東京都立川市生まれ
昭島高校卒業。1951年ジョリージョーカーズオーケストラでプロ入り。松原淳とイーストサウンズ、
ジョージ川口BIG4等多くのコンボで活動後、1962年〜63年シャープスアンドフラッツ、
1966年〜72年ニューハード、1974年〜76年東京ユニオンでリード奏者で活躍。
南里文雄(なんり ふみお)tp 1910年12月24日大阪生まれ
1975年8月4日死去。日本ジャズの先駆者。
1924年大阪高島屋少年ブラスバンド入団。その後プロ入り。1928年上京、1931年渡米。
帰国後幾つかのバンドを経て1934年ホットペッパーズを結成して大活躍。同年ダイナ
が大ヒットする。1965年ホットペッパーズ解散。その後フリージャズ全盛期の
1969年に日比谷野外音楽堂で行われたサマージャズFESで熱狂的な支持を受け、カムバック。
この時のライブLPが残っている。
その後ニューハード、シャープなどと共演しLP録音、全国公演等を行い再び人気を得る。
南里雄一郎(なんり ゆういちろう)tp 1931年3月21日生まれ
1985年6月23日死去。1947年プロデビュー。1952年頃シャープスアンドフラッツで活躍。
南里文雄の子息であり親子2代に渡ってデキシーランドジャズを追求した。
自己のグループであるレッドペッパーズ、ホットシックス等を率いて活躍。
西田幹(にしだ かん)tb 滋賀県彦根市生まれ
ニューハード、ゲイスターズで活躍後、フリーとなり活躍。
角田健一ビッグバンド、ハバタンパ、その他多くのスタジオワーク、ライブのバック、
TV、等で活躍。熱帯JAZZ楽団には結成当初から、レコーデイング、ライブ活動に参加。
また、ジャズに限らず、クラシック等の分野でも活躍中。
西山健治(にしやま けんじ)tb,v-tb 1947年1月17日大津市生まれ
大阪学芸大学卒業。大阪で長い間フルバンドや古谷充とフレッシュメン等で活動後、
1978年上京、79年までシャープスアンドフラッツでリードとソロイストで活躍。
その後1980年〜81年頃まで東京ユニオンで活躍。その後日野元彦ZOOM等に参加。
スタジオミュージシャンでも活躍中。
バルブtbもうまい。
西村昭夫(にしむら あきお)ts,ss 1936年4月3日 高知県土佐清水市生まれ
1992年9月22日ニューヨークのマンハッタンにある病院で脳卒中で死去。早稲田大学卒業。
少年時代はアコーディオンが得意だった。早大時代は相撲部、全国学生選手権大会で2位。
1959年東京パンチョスでプロ入り。その後八木正生、米本宏、河村利夫のコンボ、
松田運とブルー・ソックス、コジィ・カヤシマとスイング・ハウス、山下敬二郎東京ヤンキース、
草カ谷隆夫、藤田正明、金井英人などのコンボで活躍。1967年沖至とクインテットを結成する。
その後自己のコンボであるインプレッションズを結成しピットイン等のジャズ喫茶で活躍。
地味ながら将来を期待されたコルトレーン派の大変な実力派テナーマン。
SJ誌人気投票でも1968年度テナー3位の人気だった。
1969年サマージャズFESのライブ盤(takt)で自己のカルテットの演奏が聴ける。
また1969年菊地雅章p「マトリックス」(ビクター)にも参加した。
1970年には全日本ジャズフェスに出演。
1970年〜73年シャープスアンドフラッツに加藤久鎮の後任のメインソロイストで迎えられて活躍し
多くのLPを録音。ソ連楽旅も経験する。在団中はシャープの全てのテナーソロを担当、モーダルで
モダンなソロが聴ける。
シャープ退団後は松山市で地元若手ミュージシャンをメンバーにインプレッションズを結成し活動をおこなった。
1983年5月には松山市で自主制作の初リーダー作LP「マイ・ソング」を録音した。(栗田敬子p他)
その後神戸・北野クラブで専属ミュージシャンで活躍し、87年頃に度米。
ニューヨークでユニオンカードも取得し、「アングリー・スクワイヤ」や「ザ・リッツ」にレギュラー出演していた。
ジョージ・コールマンtsたちとも仕事を行った。
貫田重夫(ぬきた しげお)ts 1949年3月5日山口県生まれ
1978年ニューハード、キューバンボーイズ、1979年ゲイスターズで活躍。
同バンドでは、作編曲も行った。
1982年5月に録音されたゲイスターズのLP「GS」は貫田重夫作編曲集。
現在は東京キューバンボーイズで活躍中。
野口武義(のぐち たけよし)g
1965年〜67年シャープスアンドフラッツで活躍。シャープのメンバーでニューポートJF
にも出演した。
野口久和(のぐち ひさかず)p,comp,arr,leader 1960年東京生まれ
1970年代後半より多くのスタジオワークで活躍。ジャズピアノは益田幹夫に師事する。
1996年渡辺貞夫4に参加。その後自己のビッグコンボ・野口久和オーケストラを結成。
ライブハウスで活躍中。ジャズ評論家・故野口久光氏の子息。
野村良(のむら りょう)leader,as
1949〜50年頃自己のクール・キャッツを結成(宮沢昭tsを含む),その後東京キューバンボーイズに入り,
コンサートマスターを務める。1961年頃,デーブ・ベルオ・オクテット風のバンドを作り,その後渡辺弘
とスターダスターズに入団,3年間コンサートマスターを務め,その才能が買われて,1962年に結成
されたスターダスターズ・ジュニアのリーダーになる。(65年1月号のスイングジャーナル誌P58より引用)
1964年5月東京ユニオンを結成。初代リーダーに就任。