「か」行

 

 

 

 

 

鍵和田道男(かぎわだ みちお)tb    195227日横浜生まれ

 高校時代に自己のビッグバンドを結成。1971年ブルーコーツ、19781月インナーギャラクシーorch

 

 

加古隆(かこ たかし)p,comp,arr    1947130日大阪生まれ

 東京藝術大学、パリ音楽院作曲科卒業。メシアンに師事。1976年帰国。

現代音楽をベースにワールドワイドな活動を展開している鬼才。

 19788月、ニューハードに「エル・アル」を書き下ろし高い評価を受ける。

 

 

笠井紀美子(かさい きみこ)vo    19451215京都市生まれ

 同志社女子高校。高校時代からジャズを歌い、上京後多くのコンボで歌う。1968年頃は海老原啓一郎と

 ロブスターズの専属だった。その他ニューハード、シャープスアンドフラッツとも多く

 共演。1972年に来日したギルエヴァンスの日本編成オーケストラをバックにLPを録音。

 1973年にはオリバーネルソン編曲指揮のシャープス+ストリングスのオーケストラで

 リサイタルを開催。この時のLPが残っている。

 1970年代前半の代表的シンガー。現在は引退してジュエリーデザイナー。(らしい)

 

 

数原晋(かずはら しん)tp    1946913日倉敷生まれ

 国立音楽大学卒業。1968年〜72年東京ユニオン、1973年ニューハード,1974年〜76年シャープス

アンドフラッツ。

 1980年インナーギャラクシーorch。スタジオワークでも大活躍し膨大な録音がある模様。

 2006年秋頃より再びシャープスアンドフラッツ(リードtp)で活躍中。

 日本有数のテクニックを誇るスーパートランペッター。

 

 

片岡学(かたおか まなぶ)tp  193412 兵庫県明石市生まれ

明石南高校卒業 高校の時ブラスバンドでtpを始める。

トランペットは独学でマスターした努力家。

高校2年の夏、神戸三宮の米軍クラブで演奏。(数曲しか吹けなかった)

高校3年の夏休みには三宮のキャバレー「新世紀」の堀田ミノルオーケストラでバンドのボーヤ兼任で働く。

その後佐世保の米軍クラブで半年働き(本格的なジャズを初めて聴いた。)

神戸に戻り小曽根実らと演奏。そのあと岩国のキャンプ、京都ベラミのコンボで演奏。

この頃はチェット・ベイカーをよく聴いた。

京都時代に前田憲男、猪俣猛、北野タダオらと知り合い、演奏。(1953年頃)福原彰のtpを聴き

どうしても東京に行きたくなり同志社のバンド「クールスクール」のメンバーとして上京する。

(友人の鈴木重男がメンバーでいた)

銀座ブルーシャトー、築地クラブ・レオ、赤坂ニューラテンクオーター、月世界等で演奏。

渡辺貞夫、富樫雅彦、原田政長らとも演奏した。

1961年〜2年宮間利之とニューハードにソロイストに迎えられ演奏、多くのレコーディングを経験する。

(当時リードtp羽鳥幸次 鈴木弘tb  市原宏佑ts 石川晶dsらがいた。)

1963年〜4年には有馬徹とノーチェ・クバーナ、その後結成されたばかりの野村良と東京ユニオンで演奏。

東京ユニオン時代にはプラターズ、コニー・フランシス等の伴奏を経験する。

その後渡辺弘とスターダスターズで演奏後、(東京ユニオンとスターダスターズでは日野元彦も一緒だった)

1968年に銀座「グランドパレス」でエスクワイヤという

11人のバンドを結成するが1971年ころに神戸に土地を買いその後帰郷。北野クラブ等で演奏をする。

近年は自身で経営する「café はなれ家」、や神戸を中心にしたライブハウスで演奏したり、

若いミュージシャンからtpをレッスンを受けるなど、意欲満々に活動を続けている。

 

 

 

片岡輝彦(かたおか てるひこ)tb    1939129大分県佐伯市生まれ

 当任中学校。1957年プロ入り。中井末雄楽団に入る。1961年ノーチェ・クバーナ、

1962年〜66年シャープスアンドフラッツ(この時カウント・ベイシーオーケストラとの

共演を経験)、ブルーコーツを経て1967年ニューハードにリード兼ソロイストで入団。

 以降今日まで、強力無比なリード、豪快なソロで山木幸三郎と共に、ニューハード

 の屋台骨となり大活躍。1974年のモンタレージャズFES出演時も現地ジャーナリズムで絶賛されている。

 リードもソロも完璧な日本を代表するボーン奏者の一人。現在は引退。片岡雄三は子息。

 

 

片岡雄三(かたおか ゆうぞう)tb    1967年東京生まれ

 片岡輝彦子息。1986年〜91年までニューハードで活躍(親子での在団となった)。

 1999年シャープスアンドフラッツ入団。その他多くの若手リハーサルオーケストラでも活躍中。

 

 

片山広明(かたやま ひろあき)ts    1951千葉県野田市生まれ

 1970年に沖至4でプロ入り。その後藤川義明ナウ・ミュージック・アンサンブル、

 等で活躍後、キャバレーのバンドマンをやりながら生活向上委員会オーケストラ

 に参加する。自己のLPのほか、サイドメンでのLPも多い。近年は藤井郷子オーケストラ

 等リハーサルオーケストラにも参加、活躍中。

 

 

加藤武(かとう たけし)as

 1950年〜56年頃までジャイブ・エーセス〜ニューハードで活躍

 

 

河東信夫(かとう のぶお)tp    19551119日田無市生まれ

 都立小平高校卒業。日野皓正に師事。1978年〜817月東京ユニオンで活躍。

1980年のモントルージャズFESでは,渡米直前に手術を受けたにもかかわらず、

ステージに駆けつけ、「ブラック・パール」のレコーディングにも参加した。

 

 

加藤久鎮(かとう ひさひで)ts,ss    1937115日東京生まれ

 本名は加藤文男 12歳の時からバイオリンを習う。17歳でクラリネット、アルトサックスを

始める。この頃よりビッグバンドで仕事を始める。21歳の時テナーサックスに魅了され

練習を始めた。23歳で自己のコンボ、加藤久鎮とブルーセブンを結成。(アルトに峰厚介、

ドラムスに小原哲次郎を擁した)1965年赤羽の緑屋で本格的なジャズ演奏を開始。

ソプラノサックスもこの頃から始める。

高木元輝らと共に、わが国で最も早い時期からアヴァンギャルド・テナーを追求。

 ビッグバンドは奥田宗宏とブルースカイ、19696月〜約1年シャープスアンドフラッツで活躍。

 シャープ在団時は、コルトレーンを徹底して研究したそのモダンなフレーズ・音色でシャープ

 の新たな可能性を創出した。

 退団後はコンボ活動に戻り、佐藤允彦のシャドウ・マスク等に参加し活躍した。

 残念ながらリーダー作はないが、シャープの諸作でその才能の片鱗が窺える。

 その他数枚のサイドメン参加のLP(サキソフオン・アドベンチャーなど)がある。

 現在はスタジオを経営し、後進の指導を行っている。

 

 

香取良彦(かとり よしひこ)vib,p,comp,arr    19601217日大阪生まれ

 早大ハイソでピアノ、バイブを始め編曲を北川裕に師事。バークリーに入学(1987年)、帰国後は

 コンボ、自己の香取良彦ジャズオーケストラで活躍。1997年にはCD「リバーサイド・ミュージック

・ガーデン」を発表。1994年にニューハードに作品を提供(ビート・ジェネレーション)

 

 

門松孝(かどまつ たかし)プロデユーサー    1949年7月29小田原市生まれ

 拓殖大学卒業。1968年頃、鯉沼利成氏と知り合い、シャープのバンドボーイで入団(アルバイトだった)。

 1968年全日本ジャズFESの制作に携わって、その後の音楽観、人生観に大きな影響を

 受ける。またこの時興行を行うことの面白さを知った。

 原信夫に全信頼を置かれ、大学在学中(4年生)の1972年夏にはシャープスアンドフラッツの

 マネージャーに抜擢され、優れた手腕をふるい、大学卒業後もビッグバンド初の武道館公演、ソ連楽旅、

 ワールドツアー等を大成功させ、同バンドの発展に貢献。20年の永きに渡ってシャープのマネージャーを

 務めた後、1991年に退団、門松オフイスを主宰。「横須賀ジャズドリームス」等の優れた多くのジャズ・

 フエス、コンサートのプロデユース、イベント、デイナーショー、講演会、CD制作等を行い、

 日本屈指のプロデユーサーとして大活躍中。シャープのマネージャー時代に培った多彩な人脈とその信頼

 には驚くべきものがある。人間的にも度量が広く、非常に魅力ある方!。

 

 

金井英人(かない ひでと)b,ldr    1931517日東京生まれ

 高輪商業学校卒業。孤高のベーシスト。

 自己のキングス・ロアーオーケストラのリーダーをつとめる。自主コンサート開催、

 TBMに佐藤允彦作品を録音するなど(鳥の詩)、意欲的な活動を展開。ソ連楽旅も成功させる。

 残念ながら1978年夏頃に編成を縮小。

 

 

金井陽一(かない よういち)ts,fl    1934414日東京生まれ

 神奈川県立湘南高校卒業。1954年ゲイスターズ、松本伸とニューパシフイック、

宮間利之とジャイブ・エーセス、ブルーコーツ、スイングビーバーズ、エデイ岩田オー

ケストラ、スターダスターズ、ノーチェ・クバーナ、岡崎広志スターゲイザース、湊孝夫と

スターライターズ等で活躍。

 

 

金山正浩(かなやま まさひろ)p    194012日富山県生まれ

 武蔵野音楽大学。渡辺明とエンバース5、ジェイク・コンセプションのコンボ、

ダン池田とアフロキューバンコンソレーション等を経て1970年〜888月まで

東京ユニオンで活躍した。

 

 

蒲池猛(かまち たけし ジョー蒲池)p    19411214日東京生まれ

 東洋音楽学校。自己のトリオでプロ入り。1968年鈴木勲グループ、1971年稲垣次郎ソウルメディア,

19753月から約10年シャープスアンドフラッツで活躍。

 2002年、TBMよりヒューバート・ロウズをゲストに初リーダー作「スプレッド」を発表。

 

 

紙恭輔(かみ きょうすけ)b,ldr     190293日広島県生まれ

 故人。東京大学法学部卒業。コロナオーケストラに参加後、PCLオーケストラ、

アーニーパイルオーケストラなどを結成。1955年に解散。

その後は作・編曲に専念し活躍。勲四等を受賞。

 

 

神森茂(かみもり しげる)tp    1947123日名古屋生まれ

 愛知学院大学卒業。同大スインギングオールスターズ出身。

仲野彰オーケストラ、森剛康とゲイスターズ、1974年〜ニューハードで活躍。

 

 

神村英男(かみむら ひでお)tp    1950113日東京生まれ

 早稲田大学卒業。1975SMCオーケストラ、1979年ニューハードの「負け犬の下で」

「ギャラリー」でゲストで録音に参加。1988年頃より2002年初めまでシャープスアンドフラッツで活躍。

 モダンな感覚をもった中堅tp奏者。

 

 

亀岡純一(かめおか じゅんいち)ts

 1978年〜81年ニューハードで活躍

 

 

カルロス菅野(かるろす すがの)perc,vo,ldr    1957721日東京生まれ

 大阪で育ったため関西で活動開始、1984年頃上京し「オルケスタ・デ・ラ・ルス」に入団。

 同バンドを日本最高のサルサバンドに育てる。1995年に中路英明らの腕利きスタジオ

 ミュージシャンを中心に熱帯JAZZ楽団を結成。初ライブを六本木ピットイン

 で行った。以後着実にライブを行い、1997年には初ライブ録音がマイナーレーベルよりCD

 化された。(後にビクターより再発)。ジャズにこだわらず、キャッチーで踊れるごきげんなナンバーを

 幅広く演奏し、現在同バンドは若い人を中心に非常に人気が高い。

 

 

川口日出男(かわぐち ひでお)tb    1947122日高知県生まれ

 東京音楽大学。1967年中西義宣とビッグサウンズ、ミュージック・メイカーズ、

ハバナキューバン・ボーイズ、1970年〜77年シャー

プスアンドフラッツ、1982年〜84年東京ユニオンで活躍。

 

 

川野秀俊(かわの ひでとし)g    1948126佐賀県唐津市生まれ

 アロージャズオーケストラ等を経て1979年東京ユニオンで活躍。

 

 

川村祐司(かわむら ゆうじ)ts,ss    1954518帯広市生まれ

 ラ・サール高校卒業。1982年ニューハード入団。メインソロイスト。ローランド・カークのように二管同時

吹奏も得意。また作・編曲も意欲的に行い,同バンドで発表している。

 

 

菊地康正(きくち こうせい)ts,ss    1953109日秋田県生まれ

 法政大学入学と同時にプロ活動を開始。1979年インナーギャラクシーorch,

同年同バンドでモントルージャズfesに出演。

 

 

菊地成浩(きくち なりひろ)tp     1966915日神奈川県生まれ

 横浜市立大学卒業。1992年よりニューハードで活躍。

 2002年2月頃よりシャープスアンドフラッツ入団。その他多くのリハーサル

 オーケストラで活躍中

 

 

菊地宏(きくち ひろし)tp

 1980年シャープスアンドフラッツ、82年頃ニューハードで活躍

 

 

菊地雅章(きくち まさぶみ)p,keyb,comp,arr    1940323日東京生まれ

 東京藝術大学中退。わが国を代表する音楽家でありクリエーター。

 ビッグバンドの経験は1964年春〜65年春頃までシャープスアンドフラッツに在団。

 同バンド在団中は多くの事を学んだ、と述懐。在団中は美空ひばりの伴奏も経験した。

 同バンドのメンバーとして「シャープス・ダイナミックス」「有名バンドと踊ろう」

 等の数枚のLPが残っている。他に1967年の「アンコール・ジャズ&ボッサ」1969年の「3-2-1-0

 1971年の「結成20周年コンサート」でシャープにゲスト出演。

 

 

菊地雅洋(きくち まさひろ)p,org,arr    19421114日東京生まれ

 2008315日死去。東京藝術大学卒業。

菊地雅章の実弟。東京藝大・作曲科在学中よりジャズピアニストで活躍。内田晃一4等を経て

シャープスアンドフラッツを退団した雅章の後釜で1965年〜66年に同バンドで活躍。

 その後1968年9月〜10月、渡米した菊地雅章の後釜で極短期間(1ヶ月間)、日野皓正クインテット

に在団。1970年に兄の菊地雅章セプテットで活躍。1996年頃はブルーコーツで活躍。

近年は自己のロス・コンパニョーロス等のラテン系のバンドで活躍。ラテン系の編曲も得意だった。

 尚、菊地三兄弟の長兄・菊地雅春も音楽家で、藝大卒業後はピアノ、エレクトーン、合唱曲等の

 作編曲、指導等で活躍中である。

 

 

菊池ひみこ(きくち ひみこ)p,comp,arr    195332塩釜市生まれ

 1975年藤井貞泰に師事。同氏のトラでシャープで時々演奏。1978年インナーギャラクシーorchに参加。

 近年は自己の菊池ひみこビッグバンドでも活躍。

 同ビッグバンドでライブCDも発表している模様。

 松本正嗣(g)の夫人。

 

 

岸義和(きし よしかず)tp    19491111日横浜生まれ

 共進中学校。1965年プロ入り。キューバンボーイズ、スイングフェイス、

1970年〜72年シャープスアンドフラッツでソ連楽旅、

1973年〜77年絶頂期ニューハードで活躍しモンタレー、ニューポートジャズFES

 のステージに立つ。その後フリーとなりスタジオワークに専念。

 20022月の宮間利之80thコンサートで久々に同バンドにゲスト参加。

 

 

北川裕(きたがわ ゆう)b,arr    19351113日生まれ

 早大卒業後、東京藝術大学でコントラバスを学んだ。その後チャーリー脇野とゲイポップス、

武藤敏文とニューシャプス、スターダスターズに入団し編曲も担当。1967年に作・編曲に専念。

ブルーコーツ、スイングビーバーズ、母校の早大ハイソなどに編曲を提供している。

 

 

北里典彦(きたざと のりひこ)tp    19281110熊本市生まれ

 1946年スイングオルフェアンズ(後のブルーコーツ)1949CBナイン、1950年ブルーコーツ入団。

 1953年ゴールデンチャリオテーズ、間もなくブルーコーツに再入団。以来今日までバンド人生

 のほとんどをブルーコーツと歩み同バンドの発展に大貢献。田辺信男とともに大看板スター。

 199870歳で初リーダー作「スインギン・クルー」を発表。

 

 

北野タダオ(きたの ただおp,ldr,comp,arr    193433日大阪府生まれ

本名は北野薫郎。関西学院大学在学中に猪俣猛とコンボを結成し、米軍キャンプを回る。

1957年、神戸の北野クラブで伏見哲夫たちと8人編成のバンドで本格的演奏活動を開始。

1958年大阪の高級クラブ「アロー」がオープンし専属となりアロージャズオーケストラを結成。

13人でスタートし、2年後にフル編成となった。以降今日まで、ガレスピーやアニタ・オデイら、

海外プレイヤーとの共演も多い。有能な才能の発掘もうまく、坂本スミ子、アイ・ジョージらを世に出し

小曽根真も高校生の頃同バンドでピアノを弾いた。

 今や日本を代表するビッグバンドの一つに成長、同バンドから旅立った有能なプレイヤーも数多い。

 活動が関西中心なのは惜しいが年1回程度東京でも演奏。1995年からは自主定期コンサートを開始し、

 成果を問うている。LPでは、1971年全日本フルバンドFESでのシャープとのビッグバンドバトルがすば

らしい。近年2枚の自主CDを発表している。(バップラリテイとカラーオブザモーメント)

 2008年7月、健康上の理由から引退を決意。アロージャズオーケストラは大番頭の宗清洋がリーダー

 となり活動を継続中である。

 

 

北原雅彦(きたはら まさひこ)tb

 東京スカパラ・オーケストラのメンバーで活躍中の他、ビッグバンド好きらしく、

 東京リーダーズビッグバンド、香取良彦オーケストラ等のリハーサルビッグバンドで活躍中。

 

木村巧(きむら たくみorこう?)as,bs

 1973年ニューハードの「ジャズオーケストラ73」の録音に参加。1985年〜86NYCで修行。

 1993年末、シャープ、ニューハード等出身の腕利きスタジオミュージシャンを集めて「東京ジャズ・ギルド・

 オーケストラ」を結成。ベイシー、エリントンなどの伝統的ビッグバンドから、サドメル、ボブ・ミンツア

 ー等のコンテンポラリーナンバーまで幅広いレパートリーをこなす。マリア・シュナイダーからは直接スコ

 アを譲り受けて意欲的に演奏。

 

 

行田よしお(ぎょうだ よしお)司会者

 日本大学卒業。南里文雄の付き人を経てジャズコンサートの司会者として活躍。

 ビッグバンド好きが昂じて60年代後半から労音などでビッグバンドコンサートの司会、

 特にシャープスアンドフラッツの司会を多く努めた。

 SJ誌のレコード評も一時担当し、LPライナーノートも多数執筆。

 199211月には新橋演舞場で日本ジャズメン総出演の「夢のまた夢」コンサートをプロデュースした。

 

 

工藤正人(くどう まさと)as

 京都大学卒業。シャープスアンドフラッツ創生期の1952年〜58年まで在団。

 日産自動車の4代目社長・工藤治人博士の次男。著作がある(語原おぼえ書き)

 

 

国定正夫(くにさだ まさお)b

 1968年〜72年第1期の黄金時代ニューハードで活躍。

 

 

黒飛久士(くろとび? ひさし)tb

 1959年〜61年頃シャープスアンドフラッツで活躍。その後コンボでクラブ等で活躍。

 

 

小池修(こいけ おさむ)sax    195978日広島県生まれ

 1978年に上京し、松本英彦に師事。渡辺貞夫、日野皓正などのグループで活躍後、

 多くのスタジオワーク、ライブサポート等で活躍、2000枚以上のレコーディング

 がある模様。現在はスタジオワーク等のほか、自己のコンボ、深井克則のビッグバンド、

 熱帯JAZZ楽団、等のリハーサルオーケストラ、村田陽一ソリッドブラス、

 布川俊樹、納浩一等のコンボで活躍中。自己名義のCDも多く録音している。

 

 

鯉沼利成(こいぬま としなり)プロデユーサー

 1958年頃シャープスアンドフラッツにバンドボーイで入団。1960年代初めにマネージャーになり、

1967年ニューポート出演、1968年全日本ジャズFESの開催、1969年オリバーネルソンの招聘等を成功さ

せ、シャープの60年代黄金時代の発展に大貢献。1969年末に退団後は菊地雅章のマネージメントを経て、

 (クリエイト・オブ・ミュージック)

 あいミュージック〜鯉沼ミュージックを主宰し、キースジャレットを始め多くのビッグ・アーティストを

 招聘する。現代日本を代表する名プロデューサー。

 

 

粉川忠範(こなかわ ただのり)tb    194762水戸市生まれ

 東邦音楽高校卒業。スターダスターズ、ヤマハリハーサルオーケストラ、SMCオーケストラ、

 1875年と1987年頃〜98年シャープスアンドフラッツのソロイストで活躍。

 

 

小林順一(こばやし じゅんいち)b    19481224宇都宮市生まれ

 ニューブリード、1977年〜91年シャープスアンドフラッツで活躍。

 

 

小林晶幸(こばやし まさゆき)ts    1946年生まれ

 ゲイスターズ、ニューハードに短期間在団後、19765月より1年ほど

 シャープスアンドフラッツで活躍

 

 

児山紀芳(こやま きよし)ジャズ評論家    大阪生まれ

 スイングジャーナル編集長を経てジャズ評論活動に入る。

 プロデューサーとして未発表テープの発掘作業でも実績を残す。

 ビッグバンドのライナーノートも多数有る。

 近年はニューハードの定期コンサート司会も毎回務めている。

 

 

小山宣夫(こやま のりお)tp    愛知県生まれ

 1982年〜87年?シャープスアンドフラッツで活躍。ワールド・ツアー楽旅。その後

 三木敏悟インナーギャラクシーに参加し1990年のオランダ・ノースシージャズFES出演。

 その後もブルーコーツ、ニューブリードのリードtpで活躍。

 近年はマイク・プライスジャズオーケストラ、村上準一郎ビッグバンドエキスプレス等で活動中。

 

 

小山恭弘(こやま やすひろ)p,arr    193631豊橋市生まれ

 東京藝術大学卒業。ブルーコーツなどで演奏。1970年代にシャープスアンドフラッツ、

ニューハードに作編曲を提供し注目された。

 

 

木幡光邦(こわた みつくに)tp    195829日 静岡・焼津市生まれ

 焼津中央高校卒業。 

水野たかしとラッキーマウス、198112月よりシャープスアンドフラッツで活躍。

  米・クールジャズFES出演、1989年に東京ユニオンに移籍。

ユニオン解散後は角田健一ビッグバンドで活躍。その他多くのリハーサルビッグバンドで

 活動。また最近自己のビッグバンド・923BIGBANDを結成しライブハウスで活躍中。

 

 

近藤和彦(こんどう かずひこ)as    1964527日山梨生まれ

 明治大学卒業。明大ビッグ・サウンズ・ソサエティ出身。

ニューブリードなどを経て1990年ニューハード入団。

 

 

近藤淳(こんどう じゅん)as    19529月15日室蘭市生まれ

 高校卒業後、室蘭の消防音楽隊でtp,asを吹いていたが、まもなく札幌の

 キャバレーのビッグバンドでプロ入り。1983年東京ユニオン入団。同バンド解散

 まで活躍。

 

 

 

 

 

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